能力を出しきるからだの使い方
サラ・バーカー著
北川耕平訳 片桐ユズル監修
を読んでいます。
著者のサラー・バーカーはマージョリー・バーストに学びました。
マージョリー・バーストはF.M.アレクサンダーの教師養成コースにて直接指導を受けた最初の卒業生。
監修者片桐ユズル氏の序文によると、
サラ・バーカーのこの本は普通はレッスンを体験しないとわからないことも、
「書いてあることに注意深く従えば、ひとりで試みることも不可能ではない。」
独学でできるように、初心者にもわかりやすく書いてあるのだろうと期待。
より深い理解のためにも、今読むべき本と思いました。
本書は大きく、二つに分かれています。
一、アレクサンダーテクニークについて学ぶ
二、アレクサンダーテクニークの実践 その実際のやり方
文章の流れが丁寧で、読み手の気持ちがついていき、読みやすいです。
今、一を読み終わったところ。
これまでレッスンを受けてきてワークを続けてきて、アレクサンダーテクニークはこんなに良いものなのに、
どうしてそんなに広まっていないんだろうという疑問がありました。
もっとみんな興味を持っても良いのではと思っています。
本書に、ノーベル医学生理学賞のニコラスティンバーゲン教授が、
授賞スピーチの大半をテクニークの紹介に費やしたこと、
医師であるウィルフレッド・バーロウ博士による臨床報告があったこと、が記されています。
それによって「信じてもらえるようになった」と。
レッスンを受講すると、まず自分の変化に驚きます。
「え?」となります。魔法にかかったような気分。
「信じられない」「よくわからない」「難しい」となるかもしれない。
だからこそ「信じてもらう」そこが必要なことは理解できる気がします。
そして、問題は「その証言の裏付け、科学による究明がなされていない。」
人間の認知の基準は科学的な裏付けありき、と言うことになるのでしょうか。
さて、アレクサンダーは子供の頃、小学校では扱いにくい生徒で、決まり事が受け入れなかったそうです。
そこで、担任の先生が彼のことを理解して、アレクサンダー少年のために個人指導をしました。
その先生の指導により、彼のそのままが認めらたことで、探究心が育ち、才能が開かれていく道が築かれたのだとしたら、なんと素晴らしいことだろうと思います。
「実際、自分たちがどんなカラダの使い方をしているのか」実例を挙げて説明されていました。
そして、それは自分に「思い当たる」ことだらけ。
例えば、「人間というのは頭を動かそうとするとどうしても顎が先に動いてしまう傾向にある。」
実際動かしてみると、確かにそうしていますね。
他にも読み手が実感できる要素をわかりやすく列記、アレクサンダーテクニークの理解へと自然に促されていきます。
医師や博士の言葉も適度に引用されることで、説得力が増しています。
アレクサンダーが発見した背骨と頭部のバランスのことを
「頭全体が胴体から前と上に離れていうに任せながら、からだをその動きについていくようにする。」
と表現されていました。
これは、私にとってイメージしやすく、色々な動きですんなりと腑に落ちるものでした。
人が何か動作を行うとき、
①実際に行う部分に注力する
②それに伴うすべての機能が統合されて行う
どっちでしょう?
アレクサンダーテクニークは断然後者であり、そのために解剖学、生理学にも目を向けます。
実際に見えない脊椎、関節、筋肉に注意を向けることで、うまく促されていく。
まさに魔法にかかったように。
ここが今後、勉強していかなければならないからだのことなのでしょう。
アレクサンダーテクニークとは、一言で言うと、
「感覚の中の感覚(専門的には「相対運動覚」)
この運動の美学的な感覚を育てるためのプログラムである。
五感に入っていない感覚の中の感覚
この能力を呼び起こすことで、生命体としてのからだ全体をより豊かにするために、私たちに与えられているものなのです。」
この本ではここが「肝」か。
その能力に目を向けること自体がピンとくるか来ないか、
それが人の興味を得るかえないかの分かれ目になってくるのかなと思います。
第1章の最後には
「人間のからだは大変素晴らしく、工学的に組み立てられている。
脊椎のてっぺんで頭がバランスをうまく取り、それに従うようにからだが合わさっていけば、
自分の望みのままにカラダの骨組み、全体の歪みが整っていく」
と記されています。
私たちのからだはそうやってできている!
とまず思おう、そこから始まると言っているのかなと思います。